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「時間の芸術」について思うこと-音楽の在り方-
2006.12.08 Friday 14:29
 昨日のブログ記事を書いている時、ふと気になったことがある。マディのボーカルに合わせてバックのメンバーはそれこそ変幻自在に対応して見せている様子を見事に切り取っている録音についてである。いったい、こんな録音はどうすれば可能なのか。

 現在の音楽(商業的な音楽)の現場では録音の際、各パート毎の録音とその後のミキシング、音質の加工などのように分業を基本に行っているのが大部分を占めているだろう。録音にも順番があって、通常はドラムやベースの収録が最初でその録音をベースにして他のパートを埋めていく流れになると思う。こういった作業のもたらす功罪について考えてみたのだ。

 各パートの録音を分離できることは、手直しが利く便利さがある。一発録音では誰かがミスしたらNGになってしまいかねない。各パートの録り直しが出来れば作業は随分と楽になるのだ。更に音量、音質、音像や効果を各パート毎にいじれるので様々な変化を試すことが出来る。その結果、無限大の可能性が手に入ると理屈では理解できる。しかし、実は失うものも多いのである。例えば録音の順番がその曲の聞こえ方や完成形に一定の制約を生むこと。先のマディの録音で言えばボーカルは最後の方でされることが多いからベースやドラムはボーカルに対応した演奏が実質不可能となる。

 かたや一発録りではミスできないのでプレイヤーにとっては相当なプレッシャーになることも多い。何テイクも緊張してプレイできないから作業効率も悪くなる。各パートの録音をそれぞれマイクなどで拾ってもお互いの音が漏れて他のパートの音に一緒に記録されるといった問題も出てくる。それでも同じ空間で演奏するメンバーの顔を見ながら表情や空気感で感じ取るものをリアルタイムで体感して反応できる良さがあるはずだ。

 ボーカルの溜めに反応したギターのオブリが入ったりするかもしれない。ボーカルが声を潜めたらそれに合わせてバックも音量を落としてプレイするかもしれない。お互いの顔を見てアイコンタクトでキメるブレイクは絶妙の間で効果的に聞こえるかもしれない。そこには現場で起こっている現象をつぶさに記録する可能性が残されている。

 更にはライブ録音となればこれに会場の諸条件が加わってきて予測できない効果が期待できる。観客の反応や使用機材、音響による効果やその日の気象条件などだ。

 そもそも、録音自体は特殊な状況な訳で、音楽は本来自分自身が奏で慰めとするか数人が聴いて楽しむ、曲に合わせて踊るといったことが基本であろうと思う。また、音楽を共に演奏することが演奏者の間で言語を超えたコミュニケーションとして機能することもある。いずれにしてもその場でその空間で発生した音を共有して、やがては消え行く音に身を委ねる行為なのではないか。「時間の芸術」はその全貌を再現できないからこそ尊いのだ。大袈裟に言えばそれは人生のようでもある。

 少し話が飛躍してしまった。加工された体裁を選ぶのか生(なま)の不恰好さを善しとするかの議論もあるところだが、こんな背景がCDの音にすらあることを僕らは承知している必要があるかもしれない。生活の中で本物そっくりの偽者に見分けがつかなくなってゆくこと自体が危険だということを。だったら、僕らに出来る確かなことは自分達の周りで実際に拙くとも演奏を自らが行い、自らが体感し、空間と時間を共有することだけ?かもしれない。

 
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